コーヒーの生産工程 〜スペシャルティコーヒーが種から一杯になるまでの旅〜
「EL ORIGEN コーヒー講座 第2講座」にようこそ、おいでくださいました。コーヒーの奥深さを知れば知るほど沼にハマっていく底無しの世界です。前回の講座でお話ししました「コーヒーの歴史」は読んでいただけましたか?まだ読んでないという方は、ぜひ第1講座から読んでみてください。
今回はコーヒーが生産されてから私たちが飲む一杯のコーヒーへと変わる過程のお話をできたらと思います。現地農家の方が生産されるコーヒーは国や地域によって多少変動はありますが、大きく年に一回の収穫期に摘まれます。皆様はどのような形でコーヒーになっていくのかご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、知らない方も少なくない筈です。かくいう私もつい数年前まで知らなかったのですが、これを知った時の感動はいまだに忘れられません。
今回はその時感動した内容を書いていきます。ただただコーヒーが一杯になるまでを綴るのではなく、弊社が取り扱うスペシャルティコーヒーの生産から一杯になる過程を書こうと思います。それでは早速みてみましょう。
はじめに:スペシャルティコーヒーができるまで
朝の一杯のコーヒーがあなたの手元に届くまでに、珈琲豆は南米の高地から始まる長い旅を経ています。特に「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる高品質な豆は、一般的なコーヒーよりも細やかな手間と配慮が必要とされます。
この記事では、スペシャルティコーヒー、特に希少なマイクロロット・ナノロットが種から一杯の飲み物になるまでの旅を、初心者の方にも分かりやすく解説します。一杯の特別なコーヒーに込められた情熱と技術を知ることで、日々の珈琲タイムがより豊かなものになるでしょう。
スペシャルティコーヒーとマイクロロット・ナノロット
スペシャルティコーヒーの定義
スペシャルティコーヒーとは、米国スペシャルティコーヒー協会(SCA)の定義によれば、専門家によるカッピング(味覚評価)で80点以上(100点満点)を獲得した高品質なコーヒーを指します。特定の生産地で栽培され、明確な風味特性を持ち、欠点がほとんどない豆だけがこの称号を得られます。
マイクロロットとナノロット
スペシャルティコーヒーの中でも特に希少価値が高いのが、マイクロロットとナノロットです。
- マイクロロット:約1,500〜6,000kgの小規模生産ロット。単一農園の特定区画で生産された豆で、独自の風味特性を持ちます。
- ナノロット:約300kg未満の極めて希少なロット。特定の木からのみ収穫されたり、特別な精製方法で処理されたりする特別な豆です。
これらの希少ロットは、その年にしか味わえない「一期一会」の珈琲として、コーヒーマニアに高く評価されています。

栽培:理想的な環境で育つコーヒーの木
コーヒーの木の特徴と理想的な栽培環境
コーヒーの木はアカネ科の常緑樹で、商業的に栽培される主な種類は「アラビカ種」と「ロブスタ種」の2種類です。スペシャルティコーヒーの主流はアラビカ種で、以下のような環境条件で最適に育ちます:
- 標高:600〜2,100メートル(高いほど良質な豆になる傾向)
- 気温:平均15〜24℃(極端な暑さや寒さは避ける)
- 降水量:年間1,500〜2,000ミリメートル
- 土壌:水はけの良い火山性土壌が理想的
南米の高地は、これらの条件に合致した理想的な環境を持つ地域が多く、特にコロンビアやペルーの高地では昼夜の温度差が大きく、豆の中に複雑な風味成分が蓄積されやすいという特徴があります。この「テロワール」(土地の特性)がスペシャルティコーヒーの個性的な風味プロファイルを生み出す重要な要素です。
品種と持続可能な栽培
スペシャルティコーヒー生産では、ティピカ、ブルボン、カトゥーラ、ゲイシャといった様々な品種が栽培されています。特にマイクロロット・ナノロットでは、これらの品種を単一で栽培することで、その品種特有の風味を純粋な形で表現することができます。
また、環境に配慮した持続可能な栽培方法も重要視されています:
- シェードグロウン(日陰栽培):原生林の木々の下でコーヒーを栽培し、生物多様性を保全
- オーガニック農法:化学肥料や農薬に頼らない自然な栽培方法
- ポリカルチャー(混合栽培):複数の作物を一緒に栽培し、土壌の健全性を維持
これらの方法は「コーヒー2050問題」(気候変動によるコーヒー生産地の減少)への対策としても注目されています。

収穫:完熟した実だけを丁寧に
コーヒーチェリーの収穫
コーヒーの実は「コーヒーチェリー」と呼ばれ、熟すと鮮やかな赤色(品種によっては黄色)になります。さくらんぼに似た形のサイズ、色味です。コーヒーの原型がさくらんぼのようなもの、ということに多くの方が驚くことでしょう。南半球の南米では主に4月〜9月頃が収穫期となりますが、同じ木の上でも実の熟し方には個体差があり、一度に全ての実が熟すわけではありません。
スペシャルティコーヒーの収穫方法
収穫方法は主に2種類あります:
- ピッキング(手摘み):熟した実だけを一つずつ手で摘む方法。スペシャルティコーヒー、特にマイクロロットやナノロットでは必須の手法です。
- ストリッピング(枝ごと収穫):一度に枝から全ての実をこすり落とす方法。効率的ですが未熟な実も混じるため品質は落ちます。
最高品質のスペシャルティコーヒーには「セレクティブ・ピッキング」が不可欠です。収穫者が完熟したチェリーだけを選んで手摘みする方法で、同じ木に対して収穫期間中に5〜7回も畑を訪れることもあります。
特に希少なナノロット生産では、「シングルツリーハーベスト」(特定の優れた一本の木からのみ収穫)や「マイクロプロット」(農園内の極小区画からのみ収穫)といった特別な収穫方法が採用されることもあります。

精製:風味を決める重要な工程
精製の役割
精製とは、収穫したコーヒーチェリーから果肉を取り除き、中の種子(生豆)を取り出す工程です。この工程はコーヒーの風味形成に大きな影響を与えるため、特にスペシャルティコーヒーでは重要視されます。
主な精製方法
- ウォッシュド(水洗式):
- チェリーの果肉を機械で除去した後、発酵タンクで12〜36時間発酵させ、粘液質を分解
- クリーンで明るい酸味、透明感のある風味が特徴
- 高品質なスペシャルティコーヒーの産地で一般的
- ナチュラル(乾燥式):
- チェリーをそのまま乾燥させ、乾燥後に果肉と種子を分離
- 果実の甘みが豊かで、ボディ(口当たり)が厚く、複雑な風味が特徴
- ハニープロセス:
- 果肉は除去するが、粘液質の一部または全部を残して乾燥させる中間的な方法
- フルーティな甘みと適度な酸味のバランスが特徴
- 水の使用量を抑えつつ品質を確保できる方法として注目されている
特にマイクロロット・ナノロット生産では、「アナエロビック発酵」(酸素を遮断した環境での発酵)や「カーボニック・マセレーション」(ワイン製造技法を応用)など、革新的な精製方法も試みられています。これらの特殊な精製方法は、通常のコーヒーでは味わえない独特の風味プロファイルを生み出し、希少価値を高めています。
乾燥と保管:品質を保つための技術
乾燥の重要性と方法
精製後、コーヒー豆の水分含有量を適切なレベル(10〜12%)まで下げる乾燥工程が行われます。乾燥方法には、パティオ(乾燥床)での天日干し、地面から離れた網状のアフリカンベッド、そして温度管理された機械乾燥などがあります。
スペシャルティコーヒー、特にマイクロロット・ナノロットでは、豆の層を薄く広げてより均一な乾燥を確保したり、天日乾燥と機械乾燥を組み合わせたりするなど、細やかな配慮がなされます。
保管と休息
乾燥後の豆は「パーチメント」と呼ばれる薄皮に包まれた状態で保管されます。この状態でしばらく「休息」させることで、風味が安定し、品質が向上します。保管環境の温度(20〜25℃)や湿度(60〜65%)の管理も品質維持に重要です。

輸送:緑豆の旅
生豆の準備
輸出の準備として、パーチメントが除去され「緑豆(グリーンビーンズ)」の状態にします。この工程はドライミルと呼ばれ、パーチメントの除去、大きさによる選別、比重による選別、色による選別、そして最終的な目視選別(ハンドピッキング)が含まれます。
特に高品質なマイクロロット・ナノロットでは、熟練の作業者が一粒一粒丁寧に欠点豆を取り除き、「ゼロディフェクト」(欠点ゼロ)を目指します。
スペシャルティコーヒーの輸送
緑豆は主に麻袋や防湿性の袋(グレインプロ)に入れられ、コンテナで船舶輸送されます。南米から日本への輸送には通常1〜2ヶ月かかります。特に希少なマイクロロット・ナノロットは、GrainPro袋やVacuum Packなどの特殊パッケージングを使用したり、鮮度を最大限に保つため航空便で輸送されたりすることもあります。
またスペシャルティコーヒーでは、生産から輸送までの全工程を追跡できる「トレーサビリティ」も重要です。生産農園名、地理情報、収穫日、精製方法などの詳細情報が消費者にも共有され、一杯のコーヒーの背景にあるストーリーを理解する手がかりとなります。
焙煎:香りと味わいを引き出す
焙煎の科学
焙煎はコーヒー豆を熱することで、化学的・物理的変化を起こさせる工程です。この過程で水分の蒸発、豆の膨張、メイラード反応(糖とアミノ酸の反応で香り成分が生成)などが起こり、コーヒーの香りと味の大部分が形成されます。
スペシャルティコーヒーの焙煎度合い
焙煎度合いは大きく以下のように分類されます:
- ライトロースト:明るい酸味と複雑な風味が特徴。豆本来の個性や産地の特徴が強く表れます。高品質なスペシャルティコーヒー、特に花のような香りやフルーティな風味を持つ豆に適しています。
- ミディアムロースト:バランスの取れた風味と適度な苦味が特徴。酸味と甘みのバランスが良く、最も一般的な焙煎度合いです。チョコレートやナッツの風味を持つ南米コーヒーに適しています。
- ダークロースト:強い苦味とスモーキーな香りが特徴。豆の油分が表面に出て光沢があります。焙煎による風味が支配的になります。
マイクロロット・ナノロットなどの特別なスペシャルティコーヒーは、その特性を最大限に引き出すため、焙煎士が何度もテスト焙煎を行い、最適な焙煎プロファイル(温度と時間の曲線)を見つけ出します。参考までにスペシャルティコーヒーはライトローストが多いです。
焙煎後のスペシャルティコーヒーは、鮮度が非常に重要です。最高品質の豆は焙煎後2〜3週間以内に消費することが理想的です。

抽出:最高の一杯を実現する最後の仕上げ
スペシャルティコーヒーの挽き方
焙煎されたスペシャルティコーヒー豆は使用直前に挽くのが理想的です。挽き具合(粒度)は抽出方法によって異なります:
- 粗挽き:フレンチプレス、水出し(コールドブリュー)
- 中挽き:ドリップ(ペーパードリップ)
- 細挽き:エスプレッソ
粒度が適切でないと、抽出不足(酸っぱく薄い味)や抽出過多(苦く渋い味)になります。
スペシャルティコーヒーに適した抽出方法
- ドリップ(Pour Over):
- お湯をゆっくりと注ぎ、ペーパーフィルターを通して抽出
- クリアな味わいと繊細な風味が楽しめる
- フローラルな香りや繊細な酸味を持つ高地産南米コーヒーに特に適している
- エスプレッソ:
- 高圧で短時間に抽出する方法
- 濃厚な味わいとクレマ(上部の泡)が特徴
- フレンチプレス:
- 豆と水を直接接触させ、金属フィルターで粉を押し下げる
- 豆の油分も抽出されるため、濃厚な口当たりが特徴
- 水出し(コールドブリュー):
- 冷水または常温の水で長時間かけて抽出
- 低酸味でまろやかな味わいが特徴
抽出における重要ファクター
高品質なマイクロロット・ナノロットのスペシャルティコーヒーを最大限に楽しむためには、水質(硬度70〜150ppm、pH値6.5〜7.5)、水温(88〜96℃)、抽出時間、コーヒーと水の比率(一般的に1:15〜1:18)にも注意が必要です。ただ、あくまでここまでこだわる方はほんの一握りのマニアや珈琲事業者でしょう。この講座自体は初心者向けの、初めてコーヒーにトライしてみたい方に向けた内容となっておりますので、まずは、自身が一番美味しいと思うコーヒーを追求していただきたいです。
特別なマイクロロット・ナノロットコーヒーは、その特性に合った抽出方法を選ぶことで最大限に魅力を引き出せます。Misionero株式会社で取り扱う各マイクロロット・ナノロットに、最適な抽出方法のレコメンデーションも今後提供してまいります。

まとめ:特別なコーヒーに込められた情熱
種から一杯のスペシャルティコーヒーになるまでの長い旅をたどってきました。高品質なスペシャルティコーヒー、特にマイクロロット・ナノロットは、栽培から抽出まで、すべての工程で通常より多くの手間と配慮が必要です。
こうした一連のプロセスの結果として生まれる複雑で豊かな風味は、大量生産では決して実現できない特別なものです。それはまさに「アート」と「サイエンス」が融合した結晶と言えるでしょう。
Misionero株式会社は南米の厳選された農園から、SCAスコア85点以上の最高品質スペシャルティコーヒー豆を直接輸入しています。それらは一粒一粒丁寧に栽培・収穫・精製・選別され、物語のある珈琲です。「Gradation World」のスローガンのもと、南米と日本の距離を縮め、生産者と消費者をつなぐ架け橋となっています。
次回のコーヒータイムでは、カップに注がれた一杯のスペシャルティコーヒーがたどってきた旅を思い浮かべてみてください。その深い香りと味わいの背景には、世界中の人々の知恵と努力が詰まっていることを感じられるでしょう。
スペシャルティコーヒー、特にマイクロロット・ナノロットの旅は種から始まり、あなたの一杯で完結します。しかし、その物語と感動は、最後の一滴まで続くのです。